精神病院を廃止した国「イタリア」

「精神病院を廃止した国、イタリアに行ってきました」

La liberta e terapeutica!(自由こそ治療だ)
The impossible becomes possible.(不可能が可能になる)

トリエステ地域精神保健センター見学講義タイトルより ~ 半田 卓穂

今回のイタリア行の参加者は、元朝日新聞記者大熊一夫さんが率いる総勢10名。脱病院の往診中心地域支援「ACT」に取り組んでいる伊藤淳一郎さんや、北海道の十勝で精神科病床を4割減らした門屋充郎さん達が参加。僕は堂本前千葉県知事が直前にドクターストップで不参加となり、その補欠枠で参加させていただきました。


上の写真は、精神病院廃止へ向けてイタリア全土を牽引したトリエステの街並み。旧ユーゴスラヴィアに近く地中海に面している。約40年ぶりに再訪したヨーロッパは、金融危機があるとはいえ、むき出しの資本主義(wild capitalism)のアメリカとは違って落ち着いた資本主義(decent capitalism)が相変わらずありました。

上の写真は、アイスランドの火山噴火の影響で1週間の滞在予定が更に4日間も延びてトリエステに缶詰になっている間、ちょっと足をのばして(鉄道で2時間ほど)ベニスに行ってきた時のもの。左の建物は廃止された精神病院で、今では立派な五ツ星の最高級ホテル。日本人も泊まるようなので日本語のメニューもあった。右の写真はその裏側にある庭園で、繁みからウサギが飛び出してきたのには驚かされた。世界的な観光スポットのサン・マルコ広場が望見でき、きっと泊まっている新婚のカップルも昔は精神病院だったなんて思いもつかないでしょう。料金が高すぎて泊まれないので僕はその豪華なトイレに入ってきました。<

なぜイタリアは精神病院を廃止出来たのか?

「Si puo fare シ・プオ・ファーレ」(やればできるさ)
それは人権を守れて安くて快適で安全な「地域精神保健サービス方式」を作ったから
現在、世界には160万床の精神科のベットがあるそうだ。日本の人口比は2%なので3万2,000床になるが、しかし日本にはその10倍以上の35万床もある。つまりそのうち少なくともおよそ30万人は世界の常識であれば「社会的入院」となる。厚労省の言う7万2,000人どころの話ではない。世界一の精神病院大国と言われるゆえんである。
現在精神医療に使われている予算は1兆9,000億円(そのうち1兆4,000億円が入院費)、地域精神福祉に500億円。比率にして97:3。イタリア方式をもし日本で実践すると、55ユーロ(約6,000円:現在イタリアでの住民一人当たりの経費)×1億3,000万人=7,800億円。つまり現在の日本の半分以下で出来るのだ。
どうしたら「日本の非常識」を「世界の常識」レベルにすることが出来るのか。それで僕は、イタリアの精神病院廃止の発祥の地トリエステに行って考えた。

大熊さんの友人でイタリア女性と結婚し、在住40年のイタリアの社会運動にも精通している通訳をしてくれた佐藤さんが「今まで1,000人以上日本からトリエステにやってきた。日本は何か変わりましたか?」と質問をしてきた。僕は「まだ相変わらず精神病院大国のままですね。」と答えると佐藤さんは、「私の見るところ彼らを3つのグループに分けられる。第1、巨像を撫でてそれぞれの部位(意見)を言うグループ。第2は、『不思議の国のアリス』のように一夜明けたら全ての夢(トリエステの体験)を忘れてしまうグループ。第3は、あなた方一行で今までとはちょっと違った印象で、このトリエステで見たものを日本で生かしてくれるグループになりそうだ」と私たちは過剰に期待されてしまった。

世界中から見学者が絶えない、WHOのお墨付きの「地域精神保健」とはどんなものだったのか、旧ユーゴ近くのトリエステはハプスブルク家の特徴である黄色い漆喰の外壁と大理石の建物が多い人口24万人の港町。その山側に広さは約20万㎡の1,200床のサン・ジョバンニ精神病院があった。卓越した精神医療改革者バザーリアがこの病院を廃絶し、今は第二・第三世代が後を継いでいる。精神病院を廃止したら犯罪率がアップすると右派の人達は言っていたが、全く犯罪率は変わっていない。基本的理解は普通の人もマッド(言葉狩りをしないから自分たちのことをこう呼んでいる)も同じように犯罪を犯すとヨーロッパ市民は考えているのだろう。旧院長邸はオスピテ(お客様という意味、もう医療の必要がない、かつて入院患者だった)用のアパート。ちなみにトリエステでは患者という言葉は使わずウテンテ(英語ではユーザー)と呼んでいた。かつての病棟は幼稚園、工業高校とか、作業所とは呼ばず就労生協(最低賃金を保障している。日本のスーパーのような生協ではなく、利潤追求でない労働者が出資した会社。ヨーロッパではとくに福祉分野では多い。安定した就労のセーフティネットとなっている)それとなんとFMラジオの放送局もあった。タクシーに乗ってサン・ジョバンニホスピタルと言ったら通じず、サン・ジョバンニパークと言ったら通じた。市民にとって今はもう市民が自由に入れる公園なのだ。
もう30年精神病院を使わず地域精神保健サービスを実践している。市内には5ヶ所の地域精神保健センター(5~6床ベットがある)が設置されており、その3ヶ所を見学した。どれも街にとけ込み室内は清潔で、なによりもさすがデザインの国、病気でなくても泊まりたくなってしまう。

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